川口市の介護支援専門員死亡事件と厚労省通知(Vol.1508)――在宅介護従事者の安全確保で、事業所がいま確認すべきこと
2026年6月3日、厚生労働省は介護保険最新情報Vol.1508「介護支援専門員等の在宅介護従事者の安全確保の徹底について」を発出しました。埼玉県川口市で、利用者宅を訪問していた介護支援専門員が危害を加えられ、亡くなる事件を受けたものです。
通知自体が「現在警察による捜査が進められており、詳細な経緯等は明らかではない」と断っています。この記事でも事件そのものの推測には踏み込みません。代わりに、この通知が事業所に何を求めているのか、そして2026年10月に控えるカスタマーハラスメント対策の義務化とあわせて、いま確認しておくべきことを整理します。
この記事の目次
厚労省通知(Vol.1508)が出された経緯
今回の通知は、厚生労働省老健局の認知症施策・地域介護推進課から、2026年6月3日に出されました。きっかけは、その2日前の6月1日に埼玉県川口市で起きた、介護支援専門員が利用者宅で危害を加えられ亡くなった事件です。
通知の立て付けはあくまで再発防止です。事件の経緯には踏み込まず、「このような事件を未然に防ぐため、在宅介護従事者の安全確保を図ることが重要」として、各都道府県・市町村に管内の事業所への周知と対策を求めています。あわせて、日本介護支援専門員協会(柴口里則会長)も6月2日に声明を公表し、訪問時の安全確保に関する実務的な支援を強化する方針を示しました。
ケアマネに営業してきた介護現場側の人間として言えば、訪問先で職員が一人になる時間の不安は、現場では以前から共有されてきたものです。今回は、その現実が最も重い形で表面化したと受け止めています。
通知が事業者に求めていること
通知は、対策を「介護サービス事業者による安全確保」と「対策実施のための国による支援」の2つに分けて整理しています。まず事業者側に求められていることから見ていきます。
カスハラ対策が2026年10月から全事業主の義務に
これまで、利用者や家族との間で深刻なトラブルになるおそれがある場合の対策は、運営基準の解釈通知の中で「事業者が講ずることが望ましい措置」として示されてきました。つまり、努力目標に近い位置づけでした。
それが一段引き上げられます。2025年6月に成立した改正労働施策総合推進法(令和7年法律第63号)により、カスタマーハラスメントを防止するための雇用管理上の措置が、すべての事業主に義務づけられました。施行は2026年(令和8年)10月1日です。従業員を一人でも雇っていれば対象で、事業規模による猶予は設けられていません。
介護はもともと、利用者・家族との距離が近く、相談や要望の多い分野です。「義務化されたから何かまったく新しいことを始める」というより、現場が経験で対応してきたことを、組織のルールとして文書にしていく作業に近い、と考えておくのが現実的です。期限のある制度対応という点では、昨年からの重要事項等のWEB公開義務化と同じ構図です(参考記事:【2025年完全義務化】介護事業所の重要事項説明書WEB公開、対応方法と対象範囲を整理する)。
「個人で抱えない」――組織対応と地域連携
通知が事業主の措置として特に挙げているのは、次の2点です。
- 個々の職員任せにせず、組織として必要な体制を構築すること。あらかじめリスク要因を把握し、ハラスメントの予防や対応の基本方針と具体的な対応を、組織として決めておくこと。
- 一つの事業所だけで対応が難しい場合に備え、地域で支え合う体制を作っておくこと。地域ケア会議での共有、医師等の他職種・保険者・地域包括支援センター・保健所・地域の事業者団体・法律の専門家・警察への相談や連携を、日頃から築いておくこと。
ポイントは「日頃から」という部分です。事が起きてから連絡先を探すのでは間に合いません。ケアマネや地域の関係機関と普段からつながっておくことは、安全面でも効いてくる可能性が高いです(関連記事:ケアマネに嫌われる営業、選ばれる関係づくり)。
国による支援――基金と複数名訪問の経費
通知では、事業者の取り組みを後押しする国の支援策も示されています。
- 地域医療介護総合確保基金:自治体が介護従事者等に対して実施する研修や、相談窓口の設置などへの助成。
- 複数名訪問の経費:介護支援専門員が利用者宅へ複数名で訪問する場合の同行訪問の経費を、「地域のケアマネジメント提供体制確保支援事業」の中の「介護支援専門員業務負担軽減支援事業」(令和7年度補正予算を令和8年度に繰越)で活用できる。
いずれも自治体(保険者)を経由する制度です。自分の事業所で使えるかどうかは、市町村の介護保険担当課に確認するのが早いと思われます。
また、利用者・家族からのハラスメントについては、厚生労働省が「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」や、管理者・職員向けの研修用の手引き、事例集を公開しています。体制づくりの土台として、まず目を通しておくとよい資料です(厚生労働省 介護現場におけるハラスメント対策)。
居宅・訪問系の事業所が今すぐ確認できること
通知の内容を、居宅・訪問系の事業所の日常に落とし込むと、いま確認できることは限られていますが、具体的です。
- 訪問前に、過去のトラブル履歴や同居家族の状況といったリスク情報を、担当者間で共有・記録できているか。
- 単独訪問が当たり前になっている利用者の中に、複数名・同行に切り替えるべきケースがないか。その線引きを決めているか。
- 「危険を感じたら、その場を離れてよい」と職員にはっきり伝えているか。引くことを各自の遠慮に委ねず、組織として許可しているか。
- 相談窓口が「設置してある」だけでなく、職員全員が場所と使い方を知っているか。
- 10月の義務化に向けて、対応の基本方針の文書化に着手しているか。
こうした手順が文書として残っている事業所ほど、いざという場面で職員が迷わず動ける可能性が高くなります。逆に「暗黙のうちに各自が気をつける」状態のままだと、経験の浅い職員ほど一人で抱え込みやすい、という傾向は否めません。
施設系の事業所にとっても無関係ではない理由
今回の通知の中心は、訪問系や居宅介護支援といった在宅の現場です。ただし、前述のカスタマーハラスメント対策の義務化は、施設系を含むすべての事業主が対象です。
施設でも、利用者家族からの過度な要求や暴言は決して珍しくありません。10月までに体制を整える必要があるのは、施設も同じです。先送りにしてきた事業所ほど、この機会に着手しておくほうが安全だと思われます。
採用の観点でも、「職員を守る仕組みがある」ことは、これから人を集める施設にとって説明できる強みになりつつあります。求人で何をどう伝えるかにも関わってくる部分です(参考記事:応募が集まる介護求人票の書き方)。ただし体制づくりは、書類を整えること自体が目的ではありません。現場の職員が安心して働けるようにするための手段です。順番を取り違えないことが大切だと考えています。
まとめ
事件の詳細は捜査中で、語れることは限られています。いま事業所にできるのは、職員が一人で危険を抱え込まない仕組みを、組織としてあらかじめ用意しておくことです。
2026年10月のカスタマーハラスメント対策の義務化は、施設・在宅を問わない共通の期限です。今回の通知を、後回しにしてきた安全体制を見直すきっかけとして使うのが現実的だと思われます。亡くなった方への弔意を表すとともに、現場を支える専門職が安心して働ける環境づくりを、一歩ずつ進めていきたいところです。

