2026年10月、カスタマーハラスメント対策が義務に——介護施設が用意する文書と体制の実務

2026年10月、カスタマーハラスメント対策が義務に——介護施設が用意する文書と体制の実務
この記事の目次
  1. 2026年10月、何が変わるのか
  2. そもそもカスハラとは
  3. 介護現場でなぜ重要か
  4. 事業所が用意する文書・体制
  5. 実際に起きたときの対応
  6. 小規模事業所でもできる最小限から
  7. まとめ

「あの職員、また利用者のご家族に長い時間、詰められていました」——先日、知り合いの施設長から聞いた話です。理不尽な要求。人格を否定するような言葉。正当なご意見とは、明らかに違う何か。そういうものに、現場が静かにすり減っている。そんな相談を、私は最近よく受けます。

私は介護の現場に22年立ってきました。介護福祉士として、そして介護支援専門員(ケアマネ)として、利用者やそのご家族との距離の近さを、日々肌で感じています。だからこそ、カスタマーハラスメント(顧客や利用者による、社会通念を超えた迷惑行為。以下カスハラ)の問題は、私にとって他人事ではありません。

そして2026年10月、この問題への対応が、法律で事業主の「義務」になります。「うちは小さいから関係ない」——そうは言えなくなります。不安を煽るつもりはありません。ですが、知らないままでは動けません。

この記事では、施設を運営する側の目線で、次の3点を整理します。

  • 2026年10月に、何が義務化されるのか
  • 事業所が用意しておくべき文書と体制
  • 小規模でも、無理なく始められる最小限の一歩

2026年10月、何が変わるのか

結論から書きます。2026年10月1日から、カスハラ対策が、事業主の義務になります。根拠は、改正された労働施策総合推進法(働き方や職場環境について定めた法律。令和7年=2025年の改正)です。これまでも配慮は求められていました。ですが今回、はっきりと「雇用管理上、講じなければならない措置」として位置づけられます。

そして、ここが大事なところです。対象は労働者が1人でもいる、すべての事業主。企業の規模や業種による線引きはありません。従業員を雇っている介護事業所も、当然この中に含まれます。デイサービスも、訪問介護も、小さな施設も——例外ではない、ということです。

「大企業向けの話だろう」と思っていた方こそ、確認が必要だと思います。措置の具体的な中身は、このあと順番に見ていきます。

そもそもカスハラとは

言葉が独り歩きしがちなので、まず定義を押さえます。カスハラは、次の3つの要素で説明されます。

  • 行為をする人が、顧客・取引先・施設の利用者など、その事業に関係する者であること
  • その言動が、社会通念上、許容される範囲を超えていること
  • その結果、労働者の就業環境が害されること

ここで、多くの現場が悩む点があります。正当なクレームや要望との、線引きです。「食事の温度をもう少し工夫してほしい」「連絡をもっと早くほしい」——こうしたご意見は、サービスを良くするための大切な声です。カスハラではありません。

問題になるのは、その伝え方や要求の中身が、常識の枠を超えたときです。何時間も職員を拘束する。土下座を求める。人格を否定する。事実と違うことで繰り返し責め立てる。「要望そのもの」ではなく、「手段や程度」で線を引く。ここが実務の勘どころだと、私は思っています。

ただ、この判断は簡単ではありません。だからこそ、後述する「方針」や「窓口」を、あらかじめ用意しておく意味があるのです。

介護現場でなぜ重要か

介護は、他の業種と比べても、カスハラのリスクが構造的に高い仕事だと感じています。理由は、サービスの性質そのものにあります。

ひとつは、対人サービスであること。体に触れ、生活の中に入り、感情のやり取りが避けられません。もうひとつは、密室性の高さです。入浴介助、居室での対応、そして訪問介護。第三者の目が届きにくい場面が、どうしても多くなります。利用者やご家族との距離が近いぶん、関係がこじれたときの負荷も、職員一人にのしかかりやすい。

この「近さ」と「密室性」が、時に職員の安全そのものを脅かします。訪問先での安全確保は、業界全体の重い課題です。以前、ケアマネ死亡事件と厚労省通知、在宅で働く人の安全確保についても書きましたが、これは決して特別な話ではないと思っています。

そして、もっとも見過ごせないのが離職への影響です。理不尽な扱いに耐え続けた職員が、静かに辞めていく。ただでさえ人が足りない現場で、これは大きな損失です。職員を守ることは、そのまま定着を守ることでもある——というのが、私の実感です。

事業所が用意する文書・体制

では、具体的に何を用意すればよいのか。義務づけられる措置は、大きく分けていくつかの柱があります。まずは、日ごろから整えておく「文書」と「体制」から見ていきます。

方針の明確化と周知

まず、事業所としての方針をはっきりさせることです。「カスハラには毅然と対応する」「職員を守る」——この姿勢を、文書にして明確にします。あわせて、対応マニュアル(起きたときの手順を書いたもの)を作り、職員に周知する。研修や講習で、知識を共有する。ここまでが一つ目の柱です。

方針は、内部で共有するだけでなく、利用者やご家族に向けて掲示・公開していく動きも広がっています。制度対応で情報を開示していく流れは、重要事項説明書のWEB公開義務化とも通じるところがあると感じます。伝えるべきことを、きちんと見える形にしておく。その延長線上にある話だと思います。

相談体制の整備

二つ目は、相談窓口の整備です。困ったとき、職員がどこに相談すればいいのか。窓口を設けて、その存在を周知します。担当者には研修を。「自前で用意するのは難しい」という場合、外部機関への委託も認められています。小さな事業所ほど、この選択肢は現実的だと思います。

そして、あわせて講ずべき措置として、忘れてはいけないものがあります。相談者のプライバシー保護と、相談したことを理由に不利益な扱いをしない、という周知です。「相談したら立場が悪くなった」では、誰も声を上げられません。安心して相談できる、という前提づくりまでが一続きなのです。

実際に起きたときの対応

体制を整えたうえで、実際にカスハラが起きたとき、どう動くか。ここにも求められる対応があります。

まず、事実関係を、迅速かつ正確に確認すること。感情論で処理せず、何が起きたのかを丁寧に把握します。次に、被害を受けた職員への配慮。担当の変更や配置転換(担当や部署を替えること)など、その職員が安心して働き続けられる手当てをします。そして、再発防止。同じことを繰り返さないための見直しです。

さらに、悪質な行為への対処も、あらかじめ決めておく必要があります。どこまでを許容し、どこからは毅然と対応するのか。対応方針を事前に設定し、必要なら警察への通報、出入り禁止といった対応もとれる体制を整えておく。そして、その方針を職員に周知しておく。ここが決まっていないと、いざというとき、現場の一人が全部を抱え込むことになります。

私自身、現場で理不尽な言葉を浴びる職員のそばにいたことが、何度もあります。あのとき一番つらかったのは、「これは我慢すべきことなのか」と、一人で線引きを迫られる状況でした。方針が先にあれば、職員は「守られている」と感じられます。それだけで、踏ん張れることがあるのです。

小規模事業所でもできる最小限から

ここまで読んで、「うちにそんな余力はない」と感じた方もいると思います。その気持ちは、よく分かります。ですが、すべてを一度に完璧に整える必要はありません。最小限から、始められます。

  1. A4一枚でいいので、「職員を守る」という方針を文書にする
  2. 相談先を一つ決める(社内の担当者でも、外部委託でも)
  3. 朝礼やミーティングで、その方針と相談先を全員に伝える

まずは、この3つだけでも形になります。立派なマニュアルは、運用しながら育てていけばいい。大事なのは、「困ったときに向かう先がある」と、職員が知っていることです。

ひとつ、正直に添えておきます。これをやれば、カスハラがゼロになるわけではありません。そんな魔法はありません。それでも、方針と窓口があるだけで、現場の安心はまるで違います。なお、法律の細かな解釈や、自施設への当てはめについては、厚生労働省の指針(今後さらに詳しい内容が示される見込みです)や、社会保険労務士などの専門家に確認されることをおすすめします。

まとめ

最後に、要点を整理します。

  • 2026年10月1日から、カスハラ対策が事業主の義務になる(改正労働施策総合推進法)
  • 対象は労働者が1人でもいる全事業主。介護事業所も当然含まれる
  • カスハラは「要望の中身」ではなく「手段や程度」で線を引く
  • 方針の明確化、相談窓口、事後対応、悪質行為への備えを整える
  • 小規模でも、方針文書・相談先・周知の3つから始められる

介護は、人と人との距離が近い仕事です。その近さが良いケアを生む一方で、時に職員を傷つける刃にもなります。今回の義務化は、その刃から職員を守るための、制度としての後押しだと私は受け止めています。

現場が根本で、制度や仕組みはそれを支える補助です。ですが、支えがあるとないとでは、踏ん張れる力がまるで違う。今も現場に立つ一人として、そう感じています。まずはA4一枚から。職員が「守られている」と思える職場を、一緒に整えていけたらと思います。

この記事を書いた人
中山 孔太(ナックル)
合同会社QOL 代表 / 介護福祉士・ケアマネジャー / 介護現場22年
介護現場22年の経験を活かし、介護事業者向けのHP制作とLINE構築を行っています。「介護事業のWEB集客・採用の専門家」として、現場のリアルを踏まえたWEB戦略をお届けします。
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中山 孔太(ナックル)